咲かせて魅せよう悪の華 1



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Villain -悪人・悪役・敵役- 競作企画

 一番古い記憶はターボレンジャー。記憶があるのはカクレンジャー、ダイレンジャー、ジュウレンジャー、他色々。ジャンパーソンとかエクシードラフトとかの宇宙刑事系も好きだった。あの頃はまだロボットがカクカクしていたし、この歳になれば鼻で笑うような物理的に無茶な面白設定を信じていた。例えば、殴られるだけで火花が散る原理とか。
 それに付きものなのが悪役達。俗にショッカー軍団と呼ばれる連中だ。いつも怪人に引き連れられて大量に現れては、いい感じにヒーローの強さを引き立たせる。
 そんなアニメなんぞにうつつを抜かさないでフィルムに収められたヒーローの活躍にワクワクしていた子供時代を過ごしてた俺だからこんな話に興味を持つのはおかしくない、よな。
「お前、悪の軍団所属のザコAをやってみない?」
 だってさ。気にならないか? 俺はすっげーなったよ!
「あぁ、いいよ。どこで?」
 即決したら話振ってきた方が引いたけどな。



「いや、他に突っ込む所が有るだろうよ恭介。誰から? とか、それ本当か? とか」
「お前じゃ怪人の手下にもならないだろ?」
 俺は同じ釜の飯を食う仲である谷の体型を見た。
 テーブルの上から覗かせる上半身。細い腕。細い胸板。もやし。
「だから、そんなことじゃなくて。お前ラーメンすすってないで聞けよ」
「昼休みは有限なんだぞ。学食のおばちゃんに感謝の心を込めてラーメンを食してから聞いてやるよ、だからちょっと待て。その間にお前もそのパンを食っちまえ」
 谷はその体型に見合った量のちゃちい総菜パンをかじり、何かが歯の間に挟まったような顔をしていた。
 まぁいいや、ラーメン食べよ。
「ハァ……。話進まないから聞いてくれ。俺の叔父さんが自費で地元密着型のオリジナルヒーローを作るとか言ってるんだ。だけどまだ人手足りなくて、ザコ戦闘員役も補えてないんだそうだ。それでそういうのが好きそうな知り合いを紹介してくれって言われてとりあえずお前に声かけたわけ」
 うーん、やっぱりラーメンは醤油だな。安い。早い。食える程度に不味い。完璧だな。
「ふぅ、ご馳走様」
「だから聞けよ」
 俺は空になったどんぶりと箸を返却してからまた谷の前に改めて座り直した。
「で、どこに行けばその叔父さんって人と会えるんだ?」
「そうだな……午後の予定はどうなってる? 空いてるんだったら今日にでも会わせるよ」



 俺の講義は4限まで。5限終わりの谷と落ち合うまで1時間も余裕がある。俺がそう伝えると、谷は寮に居てくれと答えた。
 このままバックレたら悪役っぽくていいけどちゃんと戦ってちゃんと負けを収めるのが悪役だ。それに今はバイトやってないから特に行く所がない。ちょうど退屈していたのも事実。
 地元密着型って事は手作りヒーローってことか。各県に1つはある『ほにゃららレンジャー』みたいなものだと思うけど、例えば市役所の職員が主導してビラ配りの時に初めて顔を見るようなマスコットみたいなものよりは本気なんだろう。
 だって悪役を探してるってことは、ショーをやるんだろうな。どんなヒーローなんだろう。
 小さい頃はよく何とかショーとかを見て、しかも最前列に陣取るタイプだったなぁ。残念ながら悪役に捕まった事はないから、ぜひとも子供を抱き上げて泣かせる役をやりたい。あれって最初から出てるザコ兵がやることだよね。怪人じゃないからそれぐらいは役得。
 どんなアクションするのかな。やっぱり生ぬるーい感じでいいのかな。
 でもそれなら谷もやしでも出来そうだけど。やる気があれば。運動はしないにしてもバイトって言えばやりそうな感じなのに、なんでやろうとしないんだ? ただ働きだから? 正義の味方から金を徴収するとはいい度胸だ。正義のヒーローはカメラの回っている間はノーギャラで戦うんだぞ。
 しかし正義のヒーローは貧乏でも負けちゃいけないしどんなに腹ただしい奴でも悪でない限り殴ってはいけない。友達が本当に悪となった時だけに殴っていいのだ。すまない谷、俺は今後の人生を左右する大きな岐路に立とうとしている。もし道を誤ったら、その時は殴ってくれてもいいぜ。
「オッス」
「おうお帰り」
 でもまだ悪に逸れた時の言い訳が思いつく前に谷は帰ってきた。
 微妙に空気読まない奴。
「早いほうがいいだろ。乗れよ」
 谷はキーケースを右手に遊ばせながら俺の部屋を出る。特にこれといった準備はしないまま財布と携帯だけ手に持ち、鍵を掛けてから駐車場に駐めてある谷の軽ワゴンに乗り込んだ。
「ここからだと20分くらいで着くよ」
 田んぼばかりの平和な寮付近から車を走らせ、国道に乗る。ここら辺の人口はさして多くない、典型的な学生街だ。多少は交通の便が悪くても晩飯付き駐車場あり学校からはその気になれば徒歩でも通学可能――多少ってのが嘘っぱちにしても車さえあれば悪くない条件だ。
 そもそも俺は地元だし、周りに何もないような状況は見慣れていた。自宅通いにしては激しく遠すぎたから、腐れ縁のよしみで谷と同じ寮で独り暮らしを満喫している。寮はたまたまで俺達はそこまで口裏合わせをしたなんてことないけど。あるとしたら谷が勝手に調べてやってきたんだろうな。
 可愛い奴。
「着いたぜ」
「ここか。――トドロキジム?」
 大通りから小道に逸れてすぐの道路端。立地条件としては中々の場所にあったのは2階建てのスポーツジムだった。入ってすぐの所に受付。中はバーベルを始めとしたお馴染みのウェイト器具にバイクなどのマシン器具。お決まりの鏡に自販機。普通はないんじゃないのか? サンドバックやらマットやら。上から下まで一通りしっかりと鍛えられる、いいジムだ。俺達は受付手前の入り口で立ちながら中の様子を覗く。
「おー、来たかもやしっ子!」
 先客は3人。そのうち、かなりの重量でスクワットをしていたおっさんが棒立ちのこちらに寄ってきた。
 これが叔父さん? 似てないなぁ。
「おぉ、まさか早速連れてきたか。ふむふむ、いいガタイしてるじゃない〜。もやしっ子に無茶はさせる訳にはいかんし、名前は?」
「渡恭介です」
「そうかそうか、渡君か〜、ハッハッハ、いいねいいね、おっちゃん楽しくなってきたよ! おーい、とどぉー!」
 威勢のいいおっさんは俺の肩をバシバシ叩きながら受付の方へ声を張り上げた。谷を含む他の客はいつもの事なのか全く動じていない。
「とどぉー!? 新聞読んでないで出て来いって! 期待のニューフェイス! もやしっ子が連れてきてくれたぞぉー!!」
「はいはい解ったって」
 ガサガサと新聞を折り畳んで受付というより窓口付き事務所から出てきたのは。
「どーよとど! 早速もやしっ子が拉致って来たぞ!」
「拉致とかいうな」
 バリトンボイスが素敵なおっさんだった。なんというか、声優? むしろ舞台俳優? 勿論かなりのいいお体をしていらっしゃる。2人してボディビルダーみたいな‘魅せる’筋肉というよりもプロレスラーとか格闘家みたいな実質本意的な筋肉の付き方だ。見た感じマッチョというよりは脱げばマッチョみたいな、てからない筋肉みたいな、まー羨ましい。
 とりあえず言えるのは、筋トレだけやってもこんな身体にならない。格闘技マニアの俺が自信を持って保証しよう。
 そして谷はもやし。
「おう、ありがとう忠史」
「どーいたしまして。恭介、こっちの人が俺の叔父の轟静司さん」
「渡恭介です」
 受付から出てきたバリトンボイスの轟さんと固い握手。手がでかい。テラごつい。
「こっちが藤祐喜さん。静司叔父さんの友達」
「よろしくな渡君!」
 こっちはかなり通る大きい声で握手に握った腕をぶんぶん振り回している。よかった、谷みたいに面白おかしいあだ名を付けられなくて。谷のもやしは見た目だからどうしようもないか。
「よーし、早速入団テストだ!」
「「「にゅうだんてすと???」」」
 わーお、見事に男子三重はーもにー。
「そうさ入団テスト! いいか、ザコ役とはいえども侮るなかれ。渡君がどれほど動けるかによって俺達のショーは大きく変わる! 仮にもやしっ子より動けないとしたらザコ役から格下げ、もやしっ子と同じ裏方を頑張ってもらう! 怪人であるこの俺がヒーローのやられ役として相応しいかどうか判断してやろう!」
 おぉ、なるほど。ザコといえども希望者全員がなれるとは限らないのか。
「準備は出来てます! 今すぐ受けさせてください!」
「うむ、では俺に着いてこい!」
 谷がヤケに白けた顔をしているが、それぐらいのノリがないとやっていけないだろうショッカー。彼らは人をさらう時、傷害罪にならない程度に虐める時、異常としかいえないテンションになるんだぞ。
 藤さんはこのジムの勝手を知ってるらしく、関係者以外立ち入り禁止と書かれている扉を平気で開けて階段を上っていく。
「今から渡君入団テストを開始する」
 ジムの2階は1階よりちょっと狭く、4方のうち1方に大きな鏡が設置されている。簡単に言えばというよりどうみてもダンススクールのアレだ。そう言ったら時々場所を貸してるらしい。やっぱりそういう目的か。
「志望動機は?」
 藤さんはそこに置いてあった会議用の折り畳める机を広げ、パイプ椅子を2つ横に並べた。片方に藤さんが座り、席を勧められたので俺が座らせて貰う。谷は俺達の向かいに座った。
「谷に誘われたからです」
 俺は階段を上る前に自販で買ったコーヒーをチビチビ飲みながら受け答えする。谷が小言で座る位置どうのこうの言ってた気がした。
「運動部歴は?」
「特にないです。昔から趣味で腕立てとか腹筋とか背筋とかスペースローリングエルボーとかしてます」
 そう言うと、藤さんは関心したような顔をした。
「プロレス好き?」
「一時期憧れてビデオを見て研究していた時期がありました」
「武藤か、やっぱり派手だしねぇ。しかし、それってバク転できるって事か。ちょいとやってみてくれよ」
 マット無しでやると頭を打った時に激しく痛いけど、コンクリートの上に容赦なく投げつけられるのがザコ役Aの仕事。とりあえず後ろに何もない事とだいたいの距離感を確認。
ちょっと気合を入れて3回程バク転して見せたら観客2人から拍手が起きた。
「すげーなもやしっ子! エース引っ張ってきたよエース! こいつは即戦力だ! 渡君、明日暇? 俺様飯奢ってやるよ今夜! 焼き肉食おうぜ焼き肉! もやしっ子、関君にも連絡入れてあげて。今夜は歓迎会の宴じゃあ!」
 おぉ、これは怪人に認められたって事か!? やった!
「それじゃ詳しい話は今夜ってことで、とりあえず今日は顔合わせだな。とどや関君は夜になるまで暇が無いし、トレーニングはこの時間からやる事じゃないか。俺達の詳しい事はリーダーのとどから聞いてくれ。俺は説明するのが面倒だ」
 面倒か。それじゃあしょうがない。



「祝! 渡君『ガンバープロジェクト』参加! ということで歓・迎・会! かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
 轟さんから説明があると言っていたのに乾杯の音頭を取ったのは藤さんだった。
 この人はこういうキャラなのか。
「と、いうことでとど、後は任せた」
 しかも面倒な所は全部投げて手にしたビールをグビグビと煽った。誰も突っ込まないってことは、普段からこうなのか。
「忠史から簡単な説明は聞いただろうけど、俺達はご当地ヒーローを新しく作って地元を盛り上げていこうっていう集団というか、集まりだ。とりあえず立ち上げたばっかりだからこの企画に関わってるのはこの5人だけ」
 俺は対面に座る3人を見渡し、隣に座って殆ど酒を飲まず焼き肉屋でカボチャを焼いてる谷を見た。
「俺が『ガンバープロジェクト』のリーダーと『超人ガンバー』担当」
 リーダーが正義の味方か。なるほど。
「藤は主に広報と怪人『ヤルキネェ』を担当」
「俺が関君と渡君の直属の上司だな。広報ってもまだ何もしてない」
 轟さんの言葉の後ろに藤さんが続いた。
「こっちは初顔合わせだな。『ヤルキネェ』の部下でザコ戦闘員『ダリィ』の関太君」
「……よろしく」
「渡恭介です」
 鉄板の上で握手すると関さんはすぐに箸を手にして谷がちまちまと焼いていた肉を奪い取った。歳は俺達よりちょっと上だと思う。しかし、名は体を表すというか、ぽっちゃりだ。でも轟さんや藤さんの立派な身体と比べると見劣りするし、やっぱりザコ役くらいでちょうどいいのかな。
「忠史はBGMとか裁縫とかの裏方専門」
「裁縫?」
 聞き慣れないというか耳を疑うような単語が飛んだので谷に直接聞く。
「衣装とか全部手作りなんだよ。そこら辺のデザインとか寸法合わせとかの面倒なのは殆ど全部俺」
 確かにごつい男3人の作業している風景よりは谷がちまちま作業している風景のほうが似合う。
「今のところはこんな感じかな。活動としては各地のちびっ子ショーを中心にやってくつもりだ。現在決まってるのは3ヶ月後で、場所は県内の動物園。コネで上がらせてもらう訳だから殆どノーギャラに近いけどそれなりにPRしてくれると言ってた。それが俺達の初舞台だ」
「とうとう決まったか! それっぽくなってきたねぇ。3ヶ月、みんなで頑張ろう! ささ、渡君も飲んで飲んで!」
 藤さんが声を上げ、俺のコップに並々とビールを注ぐ。うん、やっぱりビールは美味いね!
「動きとかそういったショーの内容そのものはこれから話し合って決めていこうと思う。4人しかいないから1人でも本番でケガしたら大変だ、ちゃんとトレーニングする意味も込めて3ヶ月先にしてもらった」
 ただ殴られた時に後ろに飛ぶだけでも頭を打つ危険がある。ザコ敵の頭数が足りてるなら受け身が出来る程度のバイトでもいいだろうけど、2人だけならやはりちゃんと動きを研究して練習しないと危ない。動物園に柔らかいマットなんて期待できないし、それでもついに俺も悪の軍団の仲間入りか。
 うん、素直に楽しみだな。
「何か質問は?」
 俺は口の中に放った肉を良く噛んでる間に質問を考え、思いついてから飲み込んだ。
「超人の名前って誰が考えたんです?」
「俺だ。『ガンバー』よりも本当はもっとカッコイイ名前にしたかったんだが、どうもネーミングセンスのある奴がプロジェクトにいなくてな。何か思いついたら伝えてくれ、もしかしたら採用するから」
 え、いいの轟さん? そんな簡単に変えても?
「敵の名前はあっさり決まったんだけどなぁ、正義の味方って案外難しいんだよ。ライダー系ってこれといった縛りが無いからどうとでも付けれるけど、ほら戦隊モノなら『まるまるレンジャー』とか言えばみんな通じるだろ? カッコイイ名前、期待してるぜ藤君!」
 うーむ、ザコ役に正義の味方の名付けはかなり難易度の高い要求だ。



 こうして、『ガンバープロジェクト(仮)』の『ダリィB』としての俺の活動が始まった。午前、というより明るいうちは講義に出たりして、暗くなってからは自分のか谷の車で移動して『トドロキジム』の2階で練習。マットを敷いて4人みんなで念入りな準備体操やストレッチをして、柔軟体操もしてから受け身やマット運動の練習。
 が、早くも問題発生。
「おいおい、頼むぜ関君よぉ」
 元々から経験があるのか、轟さんや藤さんは難なく受け身をこなす。俺も体育の時間に選択した柔道で散々遊んだから一通りの受け身や身のこなしは素人ながらそれなりに出来てる方だ。フランケンシュタイナーやムーンサルトプレスの練習も兼ねて。
 でも関さんの受け身は、ケガしそうだ。谷とは違う意味で。首が捻挫するんじゃないか? と不安になる。でも首って捻挫するの?
「関君は引っ張った責任あるし俺が見るからとど、渡君を頼むわ」
「解った」
 ちなみにもやしっ子の谷は本日裁縫中、らしい。よってそんな広くない部屋に居るのは4人だけ。
「じゃあ渡君、これから実践的な受け身の練習をしようか」
「実践的? 殴られた時の倒れ方って事ですか?」
 殴られ蹴られ投げられ、ホントザコの方々って大変だよな。
「それ以前の練習かな。ちょっと手を出して」
 良く解らないまま俺は言われた通りに右手を前に出す。
 と。
「おぉ!?」
 なんかすっごい速さで世界が回って、俺はマットに左手を付いていた。
「え? えぇ? あれ?」
 あぁ、そういえば武藤も昔は柔道やってたんだっけか。うん、なんとか背負いみたいな技食らったのか。マジで投げられるまで何されてるか解らんかった。
 すげぇ、さすが超人! うーむ、多数相手の怪人なんて圧勝するだけの力はあるな。いやマジで。
「意外と受け身上手いな。もっと手荒でも平気か?」
 うーん。条件反射だったからこれ以上手荒だとマジで頭打つかも。
「平気です」
 でもそんなこといえな
「おわっ!?」
 なんかあんまり回らなかったけど打撃技でふっとばされたっぽい倒れ方したぞ今!? 俺何食らった? 投げ技? 気合? 波動?
「大丈夫か?」
「これくらいなんともう゛ぉ!?」
 結局、この日はひたすら轟さんに遊ばれて終わった。



「今日はプロの技を研究するぞ」
 そう言って藤さんが適当に借りてきたアギトのビデオを5人集まって観賞。
「お、可愛い子発見」
 ストーリーはちっとも解らない。平成ライダーとか平成ウルトラマンとかはどうも解らないんだよね俺。
「ほう、目が高いな。お、今ちらっと映った子はいいんじゃないか?」
「あーやっぱり藤さんもそう思います? 俺もさっきの子より今の子のほうが好みっすね」
「いやー渡君は目が高いな!」
 でもビデオのリモコンは轟さんが握っているので可愛い子のところで一時停止はして貰えなかった。残念。
 ちなみにこのビデオを見るに当たり、皆何かしらの物を手に持って観賞している。
 轟さん リモコン。
 藤さん 缶ビール。
 関さん ポテチ。
 谷   筆記用具。
 俺   あ、そういや手ぶらだ。携帯でも持つか? いや邪魔なだけだな。
「始まったな」
 顔を上げると、怪人との格闘が始まった。
 うーむ、最近のライダーはCG使いまくりだな。火薬を使うのはお約束としても、俺の見てたのとはだいぶ違う。しかもストーリー的に凝ってるらしく、もうちょい最初から見れば面白いか、お?
「む」
 みんなが一瞬注目したのを確認した訳じゃないだろうけど、轟さんはザコキャラが蹴り飛ばされて後ろに飛んで受け身を取るシーンで一時停止、巻き戻し、スロー再生で動きを確認した。
 アギトが手前で蹴りかなんかを入れてるシーンだから本当に当たってるかどうかは解らない、というか当たってないだろう。ただ後ろに飛んで受け身を取るだけのシーンをいい年の男がすっげー集中して見るのは滑稽かもしれないけど俺達は本気だ。
 こんなの、俺に出来るか? ……やらなきゃダメなのか。
 ザコ軍団はわらわらと出てくる。それは程よく殺陣をやっては殴られたり蹴られたり、とにかくアスファルトに転がる。この歳になってマジメに見ればプロの動きは本当に凄いってのが良く解る。手首を捻って投げるのは簡単じゃないんだぞ?
 この後もじっくり時間を掛けてプロの方々の動きを研究して、ステージ上の4人の動きを確認しあった。まだ暫定なので細かい動きは決まってないけど、とにかく『カッコイイ』『目立つ』『笑える』という方向性は決まった。
 この頃の俺は余り深く考えていなかった。高校の部活とか、バイトとか、そのくらいの軽い動機だった。だけど、本気だった。野球部だったら甲子園を狙うし、サッカー部なら国立競技場を狙う。
 でも、まだ穴だらけで具体的な想像が難しい段階。ショッカー軍団は出世すると何になるんだ? 怪人……は、また何か違うよな。テレビ放映とかそういうこと?
 うん、解らん。とりあえず立派なショッカー改め『ダリィ』として頑張ろう。
――本番まで後3ヶ月



 俺の朝はランニングで始まる。走るのは好きか嫌いかと聞かれたら嫌いだ。ただ、強い人は言った。ランニングは基本だと。
 いい汗をかいたら服を着替えて大学へ。それなりに講義をこなす。
 学校が終わったら適当に時間を潰し、夕方になったら車でトドロキジムへ。走っていく距離じゃねーよ。自転車でもちと辛い。
 ジムへ行ったらまずは入念な準備体操。特に叩きつけられる前提の俺達は首を重点的に鍛える。柔軟は来た時と帰る時の2回。
 まずは全体の動きを通す。とりあえず決まった部分だけを何度も反復練習。特に素人の俺は最初からテレビみたいなスタントなんて出来ないから同じ後ろ跳びをタイミングを計って何度も何度も繰り返さないといけない。
 ちなみに轟さんと藤さんは経験者なのかやたら上手い。つーか当たってませんか? 当たってるよね、肉と肉がぶつかる鈍すぎる音。しかも平気な顔してらっしゃる。え、跳び蹴り? ライダーキックガチ? さすが怪人。気合いれてらっしゃる。じゃねーな、俺も頑張ろう。
 ウェイトトレーニングは週2。轟さんがトレーナーも兼任して俺と周り、藤さんは関さんと一緒に回る。谷もいるけど、コイツは別作業している時が多い。一応、出来ない事はないらしい。棒くらいは持てるって意味だろう。
 動き方や立ち位置は常に試行錯誤。誰かが思いついた事を口に出してはそれを試し、ビデオ係の谷がノートに色々書き込みながら支持。鏡を見ているから俺達も見えるけど、最終的な判断は客観視できる谷に任せる。ただし、あまりに危なかったりケガしそうだったら轟さんがトレーナーストップを下す。
 帰ったら腕立て腹筋背筋首トレ柔軟イメトレ動きの復習をして就寝。新しく決まった所は谷のノートから関係有る所だけ写す。
 衣装とかは谷に一存。『超人ガンバー』と『怪人ヤルキネェ』のラフ絵なら見たけど、これ手作りで作れるのか? と思わず聞きしたくらいだった。ただし肝心というか俺としては一番重要な『ダリィ』は全身タイツ以外に何一つ決まっていないという有様。これに関しては時々学校で落書きみたいなラフを描いては5人で相談してボツるの繰り返し。
 というかオリジナルを追求しようとしても何かしら似たり寄ったりのものになるんだよな。
 そんな感じで毎日を過ごし、5週間が経った。
 そして行き着いた結論は
「俺達やばくないか?」
 だった。



「こりゃ酷いな」
 藤さんが俺達のグダグダなダンスなのかお遊戯なのか解らないヒーローショーを見て、みんなが思った事を代弁した。
 ビデオを見れば一目だったのが、俺達全員の動きが小さいという事だった。これは谷が何度も指摘していた点だった。普段は殆ど舞台上で撮っているようなものだったから、場所を変えて少し遠くから撮影した時に初めて気が付いたのだ。
 動きの外形はだいたい決まっているハズでもかなりずれているのが問題だった。みんな殴られたり蹴られたりする時に倒れるタイミングがバラバラだった。素人集団の指導者なしの辛さだった。
「だいぶ成長しましたねぇ」
 そんな前向きな評価を下したのは谷だ。
「最初は何も出来なかったのに。これを見ればショーをやってるんだって事は解りますよ。何をやればいいか解らないって段階は抜け出したんですし、これからどんどん煮詰めていけばいいじゃないですか」
「気楽だな裏方もやしっ子」
 でも、最初から最後まで見つめていた奴がそう評価するなら最初の俺達はシャレにならない程酷かったって事なんだろう。ビデオを撮るのは初めてじゃないから過去のを見れば俺の成長ぶりがハッキリするって事か。それとも過去の悲惨さが露呈するってことか。どっちでもいいや。
「昔のビデオってあるの?」
「あるよ。見ない方がいいと思うけど」
 釘を刺すほどか。
「過去を振り返っても仕方ないな。と、いうことで今日は古典から学ぶ事にする!」
 藤さんがしみったれた空気を振り払うようにまたビデオを持ってきた。最初は平成ライダーとか割と新しいものが中心だったが、ちょっとずつ年代が下がっていった。だってみんな知らないし、CG使っててイマイチアクションが見づらくなることも多かったからだ。その点、ちゃちい光くらいが精々の平成初期に撮られた作品は見応えのあるアクションが多く、俺達の目指しているものに近い。髪型とか所々に笑えるジェネレーションギャップを感じるけどそれはご愛敬。
「古典って、本当に俺達が生まれる前の作品ですか」
「劇場版だから役者の気合も格別だぞ」
 初代ライダーなんて初めて見るよ。しかし強いなライダー。そして伝説のショッカー。これが全ての始まりなんだな。
 そうか。
 俺はこの人達を目指せばいいのか!
 でもガチで殴ってるのでは無いのだろうか。寸止めには見えない。あとあの甲高い声の出し方が解らない。石ノ森章太郎は偉大ってだけは解る。
 しかし今となっては伝説となった初代。アクションはこうあるべきというものの見本になる。
 20を超えたいい男達がマジメに巻き戻しとスロー再生を繰り返しながらこのシーンはどうだとかあーだとかやっぱり跳び蹴りはカッコイイとか、酒が入ってないのに5人とも声を大きくして話し合う。
 結局この後は藤さんが持ち込んだ大量のビデオをとっかえひっかえ延々見まくり、なぜか用意してあったビールと日本酒とワインと焼酎を飲み明かし、関さんが持ってたお菓子をみんなで奪い、一日中騒いで次の日くたばった。
 そうだ、目指すのはいつ見ても楽しめるものなんだ。子供向けとか大人向けじゃなく、いつ見ても純粋に楽しめるもの。
――本番まで後2ヶ月



 目標が決まってからというもの俺達の練習はより一層熱を帯びた、と思う。とりあえず俺としてはより一層の気合を入れた。だってアレだぜ、格好いいんだぞ1号2号! ガチにしか見えないんだぞ!
 でも時代がすぎれば前のがダメとか今のがいいとか、そんなんじゃないんだよな。それにはそれの良さがあって、生限定CG何それ? な俺達はついつい初代とかの初期に見入ってしまった。火薬何それ?
 で、そんな熱の篭もった練習と‘多少は’接触アリにしようという新方針によって俺達のアクションは激しさ3割くらい増した。旧方針は跳び蹴りだけだったけどそれじゃあんまりというより当たるの覚悟のものも必要ってことだ。
「あぁ、身体がミシミシいくぅ……」
 最初は余裕があった俺でもさすがにちょっときつくなってきた。受け身にしくじるとかそういった打撲も否定しないけど、そっちはまだ大したこと無い。
「おいおい大丈夫かザコ戦闘員? お前が倒れたら関さんだけになるんだぞ?」
「いや、大丈夫だ。身体が痛いのはどっちかといえば筋肉痛だな。ほら、俺って無駄に飛んで跳ねてする役じゃんか」
 ザコ戦闘員は2人、体型が違うから特色を出していこうという話になり、俺は飛んだり跳ねたりのアクロバティックな動き担当。対して関さんはなんか力強そうな動き担当ということになった。
「でもさ、ここだけの話、やっぱりお前の方が目立つんだよ。関さんと比べるとな。ケガだけはしてくれるなよ」
 最近、谷のポジションがマネージャーにしか見えないのは俺だけじゃないだろう。一応、トレーナーは轟さんでそのサポート兼その他色々の雑務をこなしている。でも昼飯は菓子パンだけ。
「そうそう、やっと衣装の方が出来たんだ。行く時に車に積むの手伝ってくれよ」
「お、マジで?」
 衣装か、いよいよそれっぽくなってきたな。でも俺達……アレかぁ。
「勿体ないから着込んだ所ではしゃぐなよ。まだ時間はあるけど修繕も楽じゃないんだから」
「仕方ない、自重してやる。でも殆ど動けないようなもんじゃ困るぞ」
「お前の分に限っては有り得ない」
 ……だよな。



 衣装を見て、予想はしていたけどその素敵センスに俺のテンションは下がらざるをえない。
 黒タイツ。顔にはすっげーミミズ文字で『だ』。左手書きか?
 悔しい程度にフィットサイズ。鏡で見ると嬉し悲し切なし怠し。さすがザコ戦闘員『ダリィ』。あんまりだ。
「どう思います、これ?」
「……」
 関さんに話を振ってもリアクションはいつも薄い。
 まぁ、こればかりは絶句してもおかしくないかっこ悪さだ。
 それがいい。
「どうだ戦闘員『ダリィ』共! この『怪人ヤルキネェ』様に従う気になったか!?」
「おー。怪人は違うなぁ」
 ほぼタイツオンリーの俺達と違い、怪人は元がなんなのか解らないけどとりあえず『怪人』だ。つまりは異形のマスク、ゴテゴテしたパーツ、身体の中央には腕枕で横になってるおっさんを模った悔しい程度にカッコイイエンブレム。
「つーかこれどんだけ格差だよ谷」
「当たり前だろ。怪人と超人は扱い一緒だけどザコ戦闘員は見劣りするものにしないと。それだってお前に声かける前から作ってて、無茶苦茶大変だったんだぞ。せっかくいい所まで出来たと思ったらどんどんパーツが加わったし」
「怪人たるもの、膝プロテクターや肘プロテクターは必須だろ!」
 うむ、言われればその通りだな。
「ほらほら、主役も早く来い!!」
 フルマスクの藤さんがご機嫌な調子で轟さんを呼ぶ。
 怪人でこのクオリティなら期待できるな、正直。
「どうだ?」
「……おぉ」「さすが俺」「ハッハッハ、似合う似合う!」「すげー! マジ超人っぽい!」
 うん、予想以上のクオリティで心からビックリした。
 仮面ライダーというよりは、戦隊モノのレッドっぽい。赤を基調にして、顔というか目の部分が黒マスク。怪人同様にゴテゴテと加えた装飾だが、こっちはライダーブーツや張り出た肩当てなどがメインで人間っぽい。これぞ超人。
「それって喋れるんですか?」
「意外と平気だな」
「だいじょーぶだいじょーぶ、これなら俺の美声もよく通る! 息苦しいのは否定せんがな」
 藤さんの声は元々通るから基準にならないけど、轟さんの方が大丈夫と言ってるから大丈夫だろう。
「いざとなったらマイクを使うから問題なし!」
 轟さんはマイクを持たない予定だけど大丈夫なのかな。
「マイクは要らないと思いますよ。小さい所ですから」
「まぁ落ち着けもやしっ子! 『ガンバープロジェクト』の輝かしい初ショーだぞ! ファンが出来た時のためのサービスも考えないとな!」
 しかし。
 衣装! 俺以外はカッコイイ!
 いいなぁ。それっぽいなぁ。でもやられるんだなぁ。
「せっかくだから今日はこれ着たまま通してみるか。普段のジャージと感じも違うだろうし、1回2回なら練習でもいいだろ?」
「あんまり無茶しないでよ」
 轟さんの提案に谷はあっさりと許可を出し、初の本番に近い形での練習となり、
「うわっ!?」
 事件は稽古場で起きた。

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